(写真:TBSニュースより)
イランを甘く見ていたトランプ。
やはり停戦は崩れ、アメリカは攻撃再開、イランのレーダー施設を攻撃。
イランもクウェートやバーレーンにミサイルやドローンで反撃。
その一方でイスラエルは南レバノンへの攻撃を強めている。
イランが支援するイスラム教シーア派組織ヒズボラの拠点を叩いているというのだが
それへの報復としてイランはイスラエルにミサイル攻撃を行った。
そのイスラエルのネタニヤフ首相と電話会談したトランプは
「一体何をやってるんだ!」と激怒したそうだが、お前だって何やってるんだ!
トランプとしては、なんとか体面を保ってイラン戦争から手を引こうともがいているところ。
ビビよ、レバノンを攻撃したりして何のつもりだ、停戦を妨害するんじゃないぞ、
と怒ってるわけだが、
ネタニヤフとしてはせっかくイランとアメリカの直接対決に漕ぎ着けたのにーー
なにしろネタニヤフ、これまで30年以上にわたって、イランが核兵器、イランが核兵器と
アメリカに事あるごとにイランと戦争をしろと迫り続けてきたーーしかし、
アメリカの歴代の大統領はブッシュ親子もクリントンも、オバマもバイデンも
誰も耳を貸さなかった。
それを今回まんまとトランプに開戦させたのだ。
それをみすみすそう簡単に停戦に持ち込んでもらいたくないわけで,
そら妨害しますわな。
そういう流れも読めなかったのかトランプ、どこまで浅はかな奴かと思ってしまう。
トランプはネタニヤフの口車に乗って
(あるいはエプスタイン文書で脅されて )
イラン戦争に踏み切ってしまったものの
ーーベネズエラでの「華々しい成功」もあって、
イランもこの調子でいける、アメリカの強大な軍事力で一発ガツン、
それであっさりイランは体制転換、だなんて思ってたんだろうがーー
なかなか撤退できなくてずるずる泥沼にはまっていく。
ネタニヤフは粛々と「大イスラエル構想」の実現に向けて戦線を拡大してゆくだけ。
もしトランプがアメリカ国内で支持を失って行き詰まっても、
また新しいアメリカ大統領(イスラエルの傀儡)にすげかえるだけ。
アメリカもいよいよ落ち目。詰みますな。アメリカ帝国。
とにかくトランプはイランを甘く見ていた。
これまでの大統領が、CIAや軍からの忠告ーー
イランは手強いです、イランと戦争はできませんーー
という忠告になぜ耳を傾けてきたか
今頃わかり始めてもあとの祭りだ。
トランプは
イランの指導者を狙い撃ちにして排除すれば
圧倒的な軍事力でイランを叩けば
イランの国民をけしかけてデモを煽れば
イラン市民が立ち上がって体制転換ーー
それくらいの考えだったのだろう。
SNSに「抗議活動を続けよ。助けが間もなくやってくる」「助けがそちらに向かってる」
などとアメリカの軍事介入をにおわせる投稿をしたトランプ。
通信の遮断に備え、イーロン・マスク(スペースX)のスターリンクをイランに密輸、
利用料を無料にして反政府デモを後押ししようとしたし
(反政府勢力同士の交信を確保して反政府行動の組織化を図ろう、
国内の状況を国外にも伝えてもらおう、ということ)
武器も渡して治安部隊を狙わせようとまでしたのだった。
〜デモ隊に武器を〜
アメリカは開戦の数週間前、ヨーロッパでイランと秘密交渉を続けるその裏で、
クルド人を通じてイランの反体制派に武器を渡そうとしていた。
トランプがフォックス・ニュースとのインタビューで明らかにした。
イランではアメリカの制裁のために経済状態が悪化。
去年末、イラン国内で政府に抗議するデモが起きた際、
その参加者らにアメリカは武器を密かに渡そうとしていたというのである。
しかし、武器を託されたクルド人は、それをデモ参加者には渡さなかったようだとトランプ。
先にアメリカのCIAがイランのクルド人に武器を渡そうとしていると伝えられたが、
それが確認されたことになる。トランプも3月5日にはこう言っていた:
「イラクにいるクルド人勢力が国境を超えてイラン政府を攻撃したら素晴らしい」
しかしその数日後にはより慎重な姿勢に変わったトランプ:
「我々はクルド人とは非常に良好な関係にあるが、この戦争をこれ以上複雑なものにはしたくない。クルド人の越境は望まない」
しかし、トランプの発言で、アメリカはイランと秘密交渉を行っている最中に
イランの不安定化工作をしていたということが明らかになった。
反政府デモで多数の死者が出ている。
トランプはインタッビューで、イランがデモの武力鎮圧で市民を4万人以上殺したと語ったが、
その根拠は示さなかった。
ベネズエラにしてもそうだったが、制裁で経済が悪化したイラン。
しかし、ベネズエラからはアメリカがマドゥロ大統領を拉致。
同じようなことがイランでもと一部に期待が高まった。
そこへトランプからもイスラエルの諜報機関のプロパガンダやイランの旧王族からも、
< 通りに繰り出せ > < 政権を倒せ > の呼びかけ。
トランプは「救出に向かう。銃に弾をこめて準備万端だ」と発信。
これを真に受けたか、デモはイラン全土に拡大。
しかし、政権は倒れず、助けも来なかった。
アメリカの狙いはイラン国内を騒乱状態にして体制転換をということだったのだろうが
反政府デモは徹底的に弾圧された。
外国からの介入にはこれまでも苦い歴史のあるイランだ。
日本の大手メディアはイランとアメリカの確執と言って
アメリカ大使館人質事件くらいからしか伝えなかったりするが、なぜもっとさかのぼらない!
イランがアメリカのことを「大悪魔」と言い「アメリカに死を!」と叫ぶのには
それなりの過去があるのだ。
石油の国有化を進めたイランのモサデク政権を
英米の諜報機関の工作で転覆した1953年のクーデター。
以後、イランはパーレビ国王の独裁が強まり、秘密警察による締め付け、アメリカの兵器の爆買い、、その国王もイランの1979年のイスラム革命で国外へ。
アメリカはその後はイスラム革命の拡大を恐れて隣国イラクの独裁者サダム・フセインを支援。
1980年-1988年の壮絶なイラン・イラク戦争
(イラクの兵器はソ連製が中心だが、イランのイスラム革命後はイラクにもアメリカ製の兵器)。。
外国の介入には敏感なイランである。
反政府行動をけしかけるにあたってトランプが再三持ち出したのが
デモの死者の数である。
「42,000人」と言ったりするのだが、その根拠は明らかにしないままであった。。
そもそもその数字の出所は。。
その出所は、体制転換を願う、イランの王党派であった。
そのことを詳しく解説した記事を見つけたのでここに紹介したい。
以下、記事の抜粋ないし要約、である。
Where Did the 40,000 Iran Protests Death Toll Number Come From?
ZETEO JUN 03, 2026 https://zeteo.com/p/where-did-the-40000-iran-protests
トランプは、今年2月28日にイランに対する違法な戦争を始めるほんの数日前に、
< イランの1月の反政府デモで32,000人が殺された > と言ったが、
後にその数を、何の説明もないまま42,000人につり上げている。
アメリカのウォルツ国連大使も4万人を超えるデモ参加者が週末に殺されたと繰り返し述べている。
国外に逃れたイラン人活動家らもこれらの数字を繰り返している。
数字の出所と思われるのが、亡命イラン人メディア「イラン・インターナショナル」とドイツ在住のイラン人眼科医アミール=モバレズ・パラスタである。
いずれもパフラヴィ王朝を支持する王党派で、今のイランの体制転換を望んでいる。
デモの起きた今年1月8日-9日からほんの数日のうちに出てきた数字である。情報収集や照合や検証の手法がはっきりしない。信頼できるものではない。しかもインターネットが遮断された中、どうやって集計したというのか。しかし、そんな数字がいつしか独り歩きしているのである。
人権団体、アメリカを本拠とするHRANA(Human Rights Activists News Agency)とノルウェーを本拠とするイラン・ヒューマン・ライツのものは、より厳格な検証手続きを経ている。
物価の高騰など経済の混乱を背景としてイランでは反政府デモが去年12月28日に始まった。それが1月5日の週に激化したのは、アメリカが介入の姿勢を見せたり、追放されたパフラヴィ(パーレヴィ)国王の息子レザ・パフラヴィが、イラン国民よ、通りに繰り出して政府を倒せと繰り返し呼びかけて来たことにもよる。その呼びかけに答え、群衆は数日のうちに大きく膨れ上がり、1月8日に政府はインターネットなど通信を遮断するに至る。
9日にタイム誌がイラン国内の医師1人の証言をもとに死者217人と報じた。
11日にはCNNがHRANAの集計をもとに496人と伝える。HRANAは12月28日からの死者50人としていたが、1月8日−9日の死傷者数をこの日(1月11日)初めて公表。
するとその2日後の1月13日、イラン・インターナショナルが「少なくとも」12,000人が殺されたと報告。しかしそれがどのような情報に基づくかについては何の説明もなかった。「確立された専門的な手続き」を経て検証したと言うが、それが具体的にどんなものかの説明もなし。そして、その「比較的正確」な数字をわずか2日間の「検証」で公表したのである。
同じ日にHRANAは1月8日−9日の死傷者数の集計と照合が、インターネットの遮断によっていかに困難であったかを報告している。
それにもかかわらず、イラン・インターナショナルの数字が英米とイスラエルのメディアで伝えられていった。その中でも最たるものがCBSニュースである。最近、トランプ寄り、イスラエル寄りのエリソン一族の所有となったばかりのCBSのトップは、自称「狂信的シオニスト」のバリ・ワイス。CBSは1月14日にイラン・インターナショナルの数字を引用。独自の「証拠」を提示して、それより多い死者数すら示唆した。その「証拠」とやらはわずかに二つの匿名の情報源からのものである。1人はイラン在住、もう1人はワシントン在住。しかしこの12,000人といった数字が、ガーディアン、ヤフー、Voxと、野火のように広がっていった。
1月18日にはイギリスのサンデー・タイムズがアミール・パラスタ医師の情報に基づいて1月8−9日の死者は、16,500-18,000人と報じる。
そのおよそ1週間後にパラスタ医師がタイム誌に伝えた時には16,500人が30,000人に増えていた。この時も推計法などは明らかにされていない。
スカイ・ニュースが1月25日に伝えたインタビューでは1月8-9日に33,000人以上が殺されたとパラスタ医師が語っている。
1月25日、イラン・インターナショナルは1月8-9日に36,500人以上が殺されたと伝えた。
レザ・パフラヴィも負けてられないとばかりに、50,000人以上が殺されたと言い出すが、証拠らしきもののかけらも掲げない。
その一方で、ニューヨーク・タイムズとかAP、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルといったメディアは、より信頼性のある人権NGOの数字を伝えたり、死傷者数に大きな隔たりがあることを問題にしたりした。それでも、それらの報道は、よりインパクトの強い5桁の数字に押されてしまい、そちらの方がウィキペディアやブリタニカ百科事典、あるいはEU議会のイラン政府非難決議で使われるようになってしまっているのである。
そしてもっとも嘆かわしいのが、国連や国際司法機関とつながる人々によってこれらの数字に正当性が与えられてしまっていることだろう。1月半ばにイラン人権状況に関する国連特別報告者の佐藤舞はデモの死者をイラン政府の数字をもとに少なくとも5,000とし、最高で20,000としたが、この2万というのは、イランにいる医師らとの会話に基づくということのようなのだ。それがパラスタ医師や彼の関係する人々なのかどうかは不明だが、そのようなごく限られた数の情報源に基づいてこのような大胆な発言をするとは驚きである。当然、彼女の発言は5桁というこの過大な見積もりに特別の信ぴょう性を与え、亡命イラン人メディアで繰り返し伝えられるようになった。彼らはこれにより、国連がデモの死者20,000人と言っていると主張できるようになったのだ。
1月末には旧ユーゴ戦争犯罪国際法廷の元検事のパヤム・アクハヴァンともあろう人が、パラスタ医師の当初の見積もり16,500人を鵜呑みにして、スレブレニツァの「半分の時間で少なくとも2倍の死者」と、イランのデモをユーゴ紛争における1995年の虐殺になぞらえている。さらに、ウクライナでナチスドイツがユダヤ人を殺した1941年のバビ・ヤールの虐殺を引き合いに、反政府デモの弾圧を「イランのホロコースト」とまで言っているのである。戦争犯罪国際法廷の検事を務めたほどの人なら、広範囲にわたる虐殺の証拠集めがいかに大変なことか、分かりそうなものである。
イラン・インターナショナルとパラスタ医師がそれぞれの数字を公表したその速さだけでも、信ぴょう性には重大な疑問符が付く。
信頼できる数字が出てくるまでガザでは1ヶ月、スーダンでは数ヶ月かかったと言われる。一貫性のある集計の手法を確立しなくてはならない。政府のもの、NGOのもの、目撃証言など、複数の情報源からの数字を照合し、それぞれのバイアスを勘案し、重複を排除し、、とにかく時間がかかるのだ。そして、イラン・インターナショナルもパラスタ医師も、いかにして集計や照合を行なったか、具体的に明らかにはしていない。
死者を大きく見積もった数字を早急に出すことで、イラン・インターナショナルもパラスタ医師も、自分たちの夢である体制転換を促進できると考えたのかもしれない。つまり、トランプ政権に攻撃の口実を与えることで、レザ・パーレヴィを国の指導者に据える、ということである。
1月8-9日の事件のほんの数日前、トランプ政権はベネズエラの大統領を拉致し、より従順な(と思われていた)副大統領を大統領にすげ替えていた。この時、多くのイラン人がイランでも同じことをと期待した。だからこそレザ・パフラヴィは1月8-9日に < 通りに繰り出せ > と呼びかけたようなのだ。イランの体制転換もベネズエラ同様、あるいはそれ以上に成功するとアメリカ人に訴えよ、と。デモ隊に死者が出れば、それだけ都合がいい、とも思っただろう。
ベネズエラのマドゥロ大統領が拉致される1日前、トランプはこう言った。
イランがデモ参加者を殺したら、「アメリカが救出に向かう。我々は銃に弾を込めて用意万端だ」
しかし、1月8ー9日のデモでイランの政権は倒れなかった。
それでも、確かに血は流された。
イラン・インターナショナルとパラスタ医師はこの機をとらえて迅速に動いた。
何人の犠牲者が出たか、いかに犠牲が大きいかを強調し、議論の主導権を握ろうというのである。
アメリカが「弾を込めて用意万端」なら、
これほど血が流されていると知れば、救出に向かうだろう、と。
イランの1月のデモで多くの血が流されたのは事実である。
イラン政府もそのことは認めた。
ただ、死者は3,117人と発表。そして、その多くは
アメリカとイスラエルに繋がる「テロリスト」の仕業である、と。
その言い分も、一定の真理ではある。少なくとも外国からの影響はあった。
デモが起き始めた翌日12月29日、
イスラエル諜報機関モサドのペルシャ語のXアカウントは、
< 通りに繰り出せ > とイラン人に呼びかけた。
イスラエルのチャンネル14も「外国人」(=イスラエル人)の動きを伝えた。
デモ隊の一部に武器を渡していたというのだ。
4月初め、トランプは12月-1月に武器をイランのデモ参加者に送ったと述べたが、
具体的に誰に宛てたものか、実際に届いたかは、明らかではない。
イランからは、デモには覆面をして黒装束のかなり組織だった人々がいて
「国王万歳!」と叫んでいたとか (https://www.instagram.com/p/DTvaMLjjDhR/?img_index=7) 、
デモには武装した集団が混じっていたとか (https://mondoweiss.net/2026/02/the-night-the-protests-in-iran-were-co-opted-by-outside-forces/ )、
一部の遺体の傷は警察や軍や治安部隊によるものとは思われないものだった
(https://www.dropsitenews.com/p/interview-tehran-iran-protests-internet-blackout-israel-trump-pahlavi-riots)といった話も伝えられた。
1月のデモはイラン社会に深いトラウマと分断をもたらした。少なからぬイラン人にとって
死者3万人、4万人といった数字は、受け入れられる最低限のものとなっている一方で、
これらの数字は体制転換を求める個人や組織が政治的な動機で掲げているに過ぎないもの
と見る人々もいる。現体制を支持する人々の中にも。
人権NGOのHRANAは1月の事件の犠牲者数を2月28日の開戦の数日前に6,4448とし、
更新はすでに何ヶ月と中断したままである。イラン・ヒューマン・ライツも1月半ばに3,428人と報告したのが最後である。通信規制で集計や照合、検証が進まないのだ。
HRANAでは11,744件が依然、保留のまま。しかし、王党派が先んじて公表した過大な犠牲者数が彼らにも影響して数字を歪めるかもしれない。HRANAもイラン・ヒューマン・ライツも、実際の数字は、これまで自分たちが確認したよりはるかに多いだろうと言っている。
真紅の冬~イランの抗議デモ50日の記録2025-2026 HRANA
The Crimson Winter: A 50 Day Record of Iran’s 2025–2026 Nationwide Protests
https://www.en-hrana.org/the-crimson-winter-a-50-day-record-of-irans-2025-2026-nationwide-protests
最後までお読みくださり、有り難うございました。m(_ _)m
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